column
私の家、私たちの家
“私”という存在が身体の輪郭を超えた多様な広がりを持っていることに気づいた時、そんな“私”はどんなふうに生活しているでしょうか。”私たち”としての”私”が住むための、少し不思議な家を考えてみます。
『reframing』というプロジェクトを通して地球から腸内細菌まで自分をさまざまなスケールに位置付けるとき、“水”がひとつのキーワードになります。住宅の中において蛇口から排水溝までの一瞬のあいだしか見ることのできないそれは、私たちの生活のスタイルから都市のあり方までを強く形作る存在のひとつです。
『遅い水』のランドスケープにあったように、東京の生活では分水嶺を超えて水を生活圏に持ってきています。しかし今回の住宅では自然の水のサイクルに入り込み、雨水を借りて返すような住宅モデルを考えました。この住宅には雨水を貯めるタンクと大きな真空管式太陽熱温水器(注1)が備わっています。家の壁には水を伝える管が伸びていて、うねった管はタオルウォーマーとして使うことができます。
- 注1
- 真空管式太陽熱温水器
真空ポンプにより密閉容器内を減圧し、太陽熱によって加熱することで100℃以下で沸騰させ、その蒸気を熱源として温水を作るもの。衛生的に効率よく太陽熱から水を温めることができる。
もうひとつの特徴として、この住宅にはひと続きになった大きな水回りがあります。廃材を利用した人工大理石の塊が、飛び出たり凹んだりしながらぐるりと壁に沿って続いています。シンクとシンクは細い溝で繋がって排水を自在に貯めたり流したりすることができ、キッチンのシンクと同じ高さにあるバスタブは重力にしたがって自然と残り湯を洗濯機へと流します。家の後ろは凹んでいて、大きな水回りから続く配管があらわになっています。いつもは家の庭にゆっくりと浸透させていますが、水をたくさん使ってしまった時は住宅の裏側に集めたタンクに水を貯めて裏庭の菜園に水をやるなど生活のリズムと一緒に水の流れを考えていくことができます。
大きな水の循環の中に自分を位置付けると同時に、微生物の世界へ視野を広げようとトイレをコンポスト式(注2)にしています。少し手間にはなりますが、裏庭の菜園の肥料をここから作ることができます。自分が食べたものを腸内にいる細菌やコンポストタンクのなかにいる細菌が分解してゆくことで、また自分が食べるものを作り出してゆくサイクルによって自分の輪郭の多様さを感じることができるでしょう。
- 注2
- コンポスト式
生ごみや排泄物などを微生物の力によって、発酵・分解させる仕組み。堆肥となった排泄物は家庭菜園などに利用できる。
これほど多様な輪郭を持った“私たち”の生活を実現するために今住んでいる家を手放すことは現実的ではありません。しかしこのような生活を体験できるホテルがあったらどうでしょうか?
雨水を太陽光で温めて使ったり、排水を一時的に貯めたりできるシステムを備えた『私たちの家』がただ並んでいるのではなく、それを敷地いっぱいに大きく展開してみる姿が想像できます。生活を体験しながら大きな水の流れを感じることができる観光施設です。
雨水を太陽光で温めて使ったり、排水を一時的に貯めたりできるシステムを備えた『私たちの家』がただ並んでいるのではなく、それを敷地いっぱいに大きく展開してみる姿が想像できます。生活を体験しながら大きな水の流れを感じることができる観光施設です。
建築は私たちを守ってくれるのと同時に、さまざまなものを見えなくしてしまう側面があります。私たちの“捨てる”という行為がただ家の中から外へゴミを移動することであるように、建築は強固な輪郭を描いてしまうのです。しかしこの大きな『私たちの家』としての建築のすがたは新しい都市の姿かもしれません。この不思議な家を考えながら、かつての日本の水田が都市をゆっくりにしていたように、小さな家一つひとつがタンクとなって、地球の循環の中にそっと入り込むような都市のあり方を想像しています。