column

なないろの海の上で

文・写真=藤井洸輔

reframing
project

 ヨットに乗って海の上にいると、不思議な気持ちになります。自分というものの不確かさが浮き出ているのかもしれません。
 ヨットは、世界の海を旅して、自然と向き合う小さな密室で、持っていける装備の取捨選択を厳しく問われるスポーツです。私たちは、陸上で車や鉄道といった便利な移動手段を普段から使っていますし、水やガスもスイッチ一つで使うことができます。しかしヨットセーラーたちは、週末になるとそんな便利なものを全部捨てて、ヨットハーバーに集まり海へ出てゆくのです。その中の一人が私です。

 

 私のヨットの先生は、「うまいヨットセーラーは、海が七色に見えているんだ」と教えてくれました。ヨットは、風や波の力をいなしたり受けたりすることで、初めて進むことができるものです。ですから、ヨットを上手く乗りこなすには、自分の進んでゆく場所でどんな風が吹いているかを想像することが必要不可欠なのです。ヨットセーラーは必死にセーリングしながら海や空の表情を見て、頬で風を感じて、自然の中に“私”が溶けてゆき、それを頼りに自分の向かう先を決めてゆくのです。
 それは、今回のワークショップ(reframing)のテーマである『きれいの輪郭』に近いものがあるのではないでしょうか。

 ヨットには大きな力がかかります。結構な頻度で壊れるので整備が欠かせません。何年か同じ船に乗り続けてゆくと、テセウスの船(注1)の話のように、自分で手入れしてカスタマイズしていったところばかりになってきます。同じ船種であるにもかかわらず、一つとして同じ船はありません。海へ出ていくための自分専用にカスタマイズされた船は、F1のレースカーのように私だけの船になってゆき、まるで私の手足のように操船できるようになってきます。ですから、壊れれば直しますし、実は海へ出ている時間よりも整備している時間の方が長いかもしれません。

 

 F1レーサーと言えど一人でレースをしているわけではありません。海洋冒険家の堀江謙一氏(注2)のように単独で太平洋を横断する人もいますが、週末ヨットセーラーは、基本的に一人で船に乗ることはありません。ヨットは水の上に浮いているものなので、船上で人が動くと連動して船が揺れてしまいます。誰かの動きに合わせ自分も動いて、船が揺れ続けるのを止めて、初めて船は真っ直ぐ進みます。そんな、相手のなにげない動きに合わせて私の動きが決まってゆくような関係性が船の上にはあるのです。そうしていくうちに、船の上では職業や年齢といった肩書きをこえて、風や天候に限らず船の上に乗っている人さえも、私の輪郭の一部であるような感覚を覚えます。
 ヨットは、私の輪郭というものは本来曖昧なものであることを思い起こさせてくれるスポーツです。

 

ヨットのデッキの上は、カラフルなロープで彩られている。帆は、様々な種類のロープで制御されているので、大きな力が掛かる。また、潮風に吹かれ続けてすぐに劣化して交換しなければならない。そのため、同じ形の船でも、船上は違った雰囲気になっている。

注1
テセウスの船
その物体を構成するパーツを全て置き換えられた時、過去のその物体と現在のその物体は同一のものであるといえるのかという問題のこと。
注2
海洋冒険家の堀江謙一氏
日本の海洋冒険家。 1962年、日本人として初めて、小型ヨットによる太平洋単独無寄港横断に成功。1974年には、日本初の小型ヨット単独無寄港世界一周に成功している。

 昨今、化石燃料や鉱物資源の過剰消費を止めようと論じられることが多々あります。それは正しいことではありますが、実際私たちは便利なものを完全に捨てることもできません。しかし、ヨットセーラーは、週末に世の中の便利なものを陸に置き、海へ出ます。そこには、職種も年齢も関係ありません。そして、自然や船や他者との輪郭が曖昧になってゆく、ある種の“情緒”に魅せられている。この現象は、この星の上で生きていく私たちの生活を変化させる糸口になっていくと私は思います。

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